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物語と音楽を偏愛しています

機動戦士ガンダムUC RE:0096

再放送していたのをなんとなく観てみたらつづきが気になって、翌週を待たずにガツガツ観てしまった。

わたしのガンダム経験値はしょぼくて古い。えっと、スニーカー文庫で初代ZZZ逆シャアを読んで…初代の劇場版3部作と逆シャア、ポケットを1回ずつ観たことがあって…ZのDVD-BOXを持っている…ぐらいかな? リアルタイムでなんらかのTVシリーズを観たことは一度もない。ちょっとだけガンプラを素組みしたことがあって、いちばん好きなMSはキュベレイ。ガンオタではない、ぬるいオールドファンだ。
…というような人間が一度観ただけのUCの感想を書いてみるので、いろいろ拙い仕上がりになるとは思う。寛大な心もちでお読みいただければうれしいな。

さて。
UCの物語は、「親方! 空から女の子が!」的に幕を開ける。落ちてきた少女、自称オードリー・バーンが強烈な子で、身体を張って自分を助けてくれた主人公バナージ・リンクスに(追加ダメージすら与えつつ)礼も言わず謝罪もせず、開口一番「自分をどこそこまで送っていけ」と命ずるのがすごかった。
これが「きゃあ、ごめんなさい!」とか言うふつうの子だったらつまらなかったと思うのだ。圧倒的に一般と違う価値観・態度で動く少女が空から降ってきたことで、これは少女のかたちをした運命なんだと納得できてしまう。ああ、こんな子に逢っちゃったが最後だなと。それを裏づけるように、バナージは物語の最後まで「オードリーのため」という一貫した目的で行動するし、オードリーなどではない彼女のほんとうの名前が判明した後でも、彼だけは変わらずオードリーと呼びつづけている。

ちなみに彼女の本名は、4話アバンのナレーションでずるっと判明してしまう…。ちょおおおおい! そんな重要情報を本編より先にぶっこむのやめろやぁー! と思わず地団駄踏んだ。予備知識ゼロで観る人を想定してなかったのかな?

まあそれはさておき。
物語の前半は、そこらじゅうにものすごく濃厚なガンダム節が横溢していて、思わず口元がゆるんでしまうことが多かった。
はい、逆ギレきましたー とか。
ああ子供の屁理屈… とか。
ああ残念な大人… とか。
うんうん、主人公は砂漠でやさぐれるもんだよね とか。
「主義者なんですか?」キタコレーとかとか。
たぶんわたしが感じ取った以外にもオマージュはたっくさん埋め込まれていたんだと思う。重層的で豊かな引用があちこちの記憶を刺激する視聴体験は、なんだかDQ11のプレイ感覚に少し似ていた。
とりわけ、池田秀一ボイスで「当たらなければどうということはない!」とか「見せてもらおうか。新しいガンダムの性能とやらを!」とか言われちゃうと、もう「よっ、名調子ッ」「待ってました四代目~!」と掛け声をかけるしかないんだな。
※シャア>クワトロ>シャア>フルフロで四代目とカウントしてみました。

キャラ立てもストーリー展開もMS戦も、なんだかガンダムってものは全方向への若気の至りを煮詰めたような代物だよなぁとつくづく感じられて、楽しくてはずかしくてニヤニヤせずにおれなかった。大人向け中二病というか…。
ところが…笑いつつ盛大にツッコミつつ眺めていられたのは前半までで、地球に降りてからの物語はいわゆるガンダム節・従来のガンダム的な展開から鮮やかに離陸していったように思えた。後半はあまりツッコまずに、ふつうに没入して観ていたように思う。

以下もろもろネタバレつつ語ります。

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驚異の超絶技巧! -明治工芸から現代アートへ-

めでたく仕事も終わったことだし、連休に展覧会でも行こうかなーとざっくり調べて、ぴんときた三井記念美術館に行ってみました。
(→公式サイト ※トップのバナーがなくなっていたら、過去の展覧会一覧からどうぞ)

明治期に輸出用として作られたすさまじく細密美麗な工芸品を再評価しつつ、そうした超絶技巧に邁進するマインドが現代作家のなかでどのように生きているかまで視野を広げてみる…という意欲的な展覧会です。2014年に開催された「超絶技巧!明治工芸の粋」という展覧会の続篇だそうですが、前回のはまったく知らなかったので今回が初体験です。
公式サイトで紹介されていた展示品のなかに、並河靖之の七宝があったのでわくわくします! 最近彼をメインにとりあげた展覧会を観てものすごく楽しかったのですが(→記事はこちら)、その展覧会も明治工芸の再評価という大きな流れの一環だったと知ると興味ぶかいです。なるほどそうゆうことだったのかー。彼の麗しい七宝がこんなに早いタイミングでまた観れるとはうれしいな。

そして行ってみたところ…めっちゃくちゃ楽しい展覧会でした!
観ているとあちこちから「ごん」「がん」と音がするんですよ。展示品があまりにも細密なので、つい顔を近づけすぎてガラスケースにデコをぶつける人が何人もいるww こんな展覧会初めてです。かく言うわたしも、デコ強打はしないまでも眼鏡をひっかけて「カッ」ぐらいの音は出しちゃいました。
そして、あまりにも細密なもの、どうかしてるぐらい美しいもの、本物と見紛うスーパーリアルなもの、想像を絶するぐらい手の込んだもの、なんでそこまでしたのかもう意味がわからないもの…などなどに接したとき、人はもう笑うしかなかったりするんですよね。ニコ動だったら「なぜベストを尽くしたのか」タグが付くことまちがいなしです。会場にいる間じゅうずっと、「んふふふふ」「ふひひひひ」「うくくくく」などと怪しい笑い声をたてずにおれず、すっかり不審者になり果てていました。…だってマジで笑うしかないよあんなのー!

明治の優品もそれぞれすばらしかったのですが、今回の展覧会ぜんたいを思い起こしてみると、おもに現代作品が鮮烈に印象に残っています。現代ものをみずから選んで観に行くことはめったにないので、とても貴重でありがたい視覚経験でした。 世の中にはいいものや面白いものがたっくさんあるなぁ!
ここまで読んでいただいて「どんなんよそれ?」と思っていただけたら、どうぞ公式サイトだけでも覗いてみてください。写真だけでもすごさがなんとなくわかるので。そして可能なら足を運んでいただきたいな。ほんとすごかったです。

公式に載ってない作品を少しだけご紹介してみます。

まず七宝。デザイン性と品の良さと美しさがどれもつきぬけたレベルで、超然とした佇まいがたまらんです。できることなら手にとってもてあそんでじっくりたっぷり眺めまわしてみたい…!
花鳥図飾り壺並河靖之 花鳥図飾り壺 8.0*6.0cm

これは漆。漆で線を描くときは筆を一方向にしか運べないので、うずまきを描くときは器を回さないといけないそうです。…器を回しつづけながらびっしりと繊細なうずまきを…グルグルグルグル…あわわわわ。
渦文蒔絵香合白山松哉 渦文蒔絵香合 径8.6cm 高さ2.0cm 清水三年坂美術館

これは牙彫、すなわち象牙を彫って彩色した彫刻です。葉っぱと茎は金属。もう葡萄、めっちゃ葡萄。
このひとの作品は全体ふりきれたスーパーリアリズムなので、カタログで写真を眺めているともうそのものにしか見えなくて笑えます。きゅうりとか、たけのことか、バナナとかとかとか。
葡萄
安藤緑山 葡萄 7.6*28.0*15.3cm

これは金属。鉄をトンカン叩いて成型しているそうです。でかくてブツブツしてて、のったりまったりした風情がグロかわいかった。ものすごくさわりたくなる感じがありました。
流刻本郷真也 流刻 2017年 105.0*78.0*38.0cm

これはガラス。マジです。ほかにもビニール袋に入った水をガラスで作ったりしてました。持ち上げてみたい…!
Untitled
臼井良平 Untitled(Soda crushed,Blue cap bottle) From the series "PET"(Portrait of Encountered Things) 2017年 29.0*11.5*8.5cm 20.0*6.5*6.5cm

これらは展示品のごく一部ですが、いかがでしょうか。笑うしかない感じがおわかりいただけたかな。
ちなみにわたしがもっとも驚倒した、超絶技巧も極まれりというかイッちゃってる大賞は鈴木祥太という現代作家の手による金工作品「綿毛蒲公英」だったのですが…もう写真を載っけても意味がないシロモノなので画像はひみつです。気になる方は、さあさあ三井記念美術館へ! 12月3日まで開催してますよー。

さてここからは蛇足。ちょっと「超絶技巧」ということばについて考えたことをメモしておきます。

クラシック音楽の世界だと、超絶技巧というのはちょいちょい聞かれることばです。それはシンプルに楽譜の難度や奏者の技量を評するもので、それを主眼とした超絶技巧曲として有名な曲もいろいろあります。リストの「ラ・カンパネラ」とか、モーツァルトの「復讐の炎は地獄のように胸に燃え」とか、サラサーテの「ツィゴイネルワイゼン」とかとか。
そうした曲は演奏すると拍手喝采まちがいなしではあるのですが…なんとなく、クラシックでは超絶技巧曲の位はそれほど高くないような印象があります。いわゆる難曲よりも、バッハやモーツァルトのような初学者でも演奏可能な曲に適切な表現力をのせて演奏するほうが心をふるわせることが多いような。

それはたぶん、音楽の演奏とは「その瞬間のパフォーマンス」だからだと思います。たとえばサーカスで演者が空中ブランコから転がり落ちたら目も当てられない大失敗であるのと同じで、「その瞬間のパフォーマンス」は「できて当然」と観客は思っている。結果的に、超絶技巧曲をライブで聴くときは「できて当然、そしてさらに何を表現してくれるか」と観客が演者に課すハードルはガン上がりしているわけです。だから盛り上がるし、拍手喝采も起こる。
いっぽう、録音を聴く場合はまた話が違います。録音された超絶技巧曲を愛聴していると…もちろん耳は(完璧に演奏されている)超絶技巧に慣れきって、やはり「できて当然」感が身体に浸透してしまうのです。

つまり、クラシックというジャンルにかぎって考えるなら、技巧を技巧として堪能する習慣がそもそもないんじゃないか…と考えていいのかもしれません。さまざまな楽器のテクニックは、習ったことがある人でないと知らない=聴き分けることすらできないことが多いですし。

ではなぜ、この展覧会が示すように、絵画や工芸にかんしては純粋に口あんぐりしながら技巧に感動することができるのでしょうか?

それは、絵画・工芸が示す技巧とは「そこにあるオブジェクトそのもの」にほかならないからでしょう。観客はそこに示された技巧の粋をためつすがめつしながら眺め、そのぜんたいのできばえや質感、細部までほどこされた工夫や意匠のすべてに感嘆することができる。また、たとえ技術的な知識がなくても、どれだけ手が込んでどれだけ至難なことをした精華であるのかは一目でわかることがおおい。

…てなことを考えていると、「音楽:時間芸術/美術:空間芸術」という古典的な区分がなんだかゆらいでくるような気もしてきます。
味わっているうちに流れ去るのが音楽、そこに位置を占めて無時間で味わえるのが美術。…まあそれはそうなんですが、ほんとにそれだけでしょうか? 熱量のあるパフォーマンスがなされる場所に居合わせて、その環境やコンディションまるごとを含んだ音楽をひとりで/みんなで堪能できる幸せだってある。そこにあるものをつくるために、どれだけの時間が注がれたのかが見た瞬間にわかって身震いするような喜びだってある。
わたしたちは、音楽という空間や美術という時間を味わうことだってしているのではないでしょうか。そんなことを考えるきっかけになるのが、実現するためには必ず膨大な時間を必要とする技術・技巧というものなのではないでしょうか。

というわけですばらしく楽しかった超絶技巧展。このあと岐阜・山口・富山・大阪と巡回するようですので、少しでも興味がわいた方はぜひ!ぜひ! 必ずやぶっ飛んだ視覚経験ができることでしょう。

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クアウテモク号

東京に寄港しているメキシコ海軍の練習帆船が見学できるというので、晴海埠頭までふらっと出かけてみました。

 メキシコ海軍の帆船が東京湾に 船内の一般公開始まる | NHKニュース

銀座からタクシーで向かったのですが、晴海界隈はオリンピック合わせの工事真っ最中。どこもかしこも覆ったり掘り返したり道ができたり消えたりとワヤワヤです。運転手さんによると、「ナビ上ではここは水ですよ…」とのことw
そんな無粋な景色のなか海に向かって走っていくと…プレハブの向こうにマストが見えてきます! うっわー、いい眺め。わくわくする。

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アステカ最後の皇帝の名を冠するクアウテモク号は、緑の差し色をきかせた純白の船体に3本マストを備えた、ほっそりと優美な船でした。船首像は緑の衣をまとった金色のクアウテモクです。見た感じあまり大きいイメージはありませんでしたが、歩いてみると意外と広く感じました。乗組員もかなり多いようです。
船尾側には見たこともないほど巨大なメキシコ国旗が翻っていました。自動車ぐらいなら軽く簀巻きにできそうなサイズの国旗は、バダバダバダバダ!とはためく音だけでもすごい音量です。でかー!
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そしてメインマストからは、信号旗がずらりと下がる満艦飾。景気いいなぁ、美しいなぁ!
見学できるのは上下の甲板だけで、船室内は立ち入り禁止。キッチン以外の舷窓にはしっかりカーテンが引かれ、内部を窺うこともできません。しょうがないね。

船はどこもかしこも磨き上げられて、ピッカピッカに綺麗でした。基本雨晒しだし海水かぶるだろうし海鳥の糞とか多そうだし、汚れる理由なんて無限にあるのにピッカピッカ! 水夫さんたちは磨くのが仕事とはいえ、ちょっと感動します。それはたんに一般公開するからというだけでなく、命を預ける環境を衛生的物理的に安全に保つことが第一だから、という機能美の極みだからだと思いました。

同じことは無数の索(ロープ)の捌き方を見ても感じます。
こまごまとしたすべての帆の展帆・縮帆をロープの張り具合によって調整する帆船は、甲板じゅうが索索索の索まみれです。そのすべての索が、ほれぼれするような美しさでまとめてありました。それももちろん見た目だけのためではなく、必要なときに絡まず一瞬で伸ばせるようにしてあるからなのでしょう。デフォルトのかたづけ方がそもそも美しい…機能美しびれるー。
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舷側の内側には分厚い手桶がいくつかセットしてありました。ためしに持ち上げてみると、空でもけっこう重い…! これに海水だっぷり入った状態でじゃんじゃん回転させることを思うと、水夫さんがムキムキなのも納得です。索も重そうだしなー。

総帆展帆も登檣礼も見ることはできませんでしたが、現役のリアル帆船を目にするばかりか足を踏み入れることまでできて、とてもうれしく満足しました。メキシコから東周りで世界を周航してきたそうですが、東京を出航したらハワイ経由とかで帰国するのでしょうか…。今日はいずこの空の下。
ああ、いつか帆走客船で旅行してみたいなぁ。

こちらのブログ様に、船の全容から部分までとても行き届いた写真がたくさん掲載されていました。ほかのお客さんが映っていないので、ものすごーく見やすい! この船に興味をもたれた方はぜひご参照ください。
 気ままにあちこち、気まぐれ日記♪ |メキシコ海軍練習帆船・クアウテモク号見学

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犯罪者


犯罪者 上 (角川文庫)
犯罪者 下 (角川文庫)
(2017/1/25)
太田 愛 (著)
上下巻


なんとなく本屋の新刊棚で手に取った『幻夏』が目玉が飛び出すほど面白かったので、シリーズ第一作を速攻で買ってみた。
これがまた異様に面白く…よくこんなすごい小説に偶然出会えたものだとびっくりしている。てか、この2作品ってどっちもなんの賞もとってないの? マジで?もっと読まれてもいいと思うのになー!

どんな小説かというと社会派ミステリなんだけど…数多ある社会派ミステリのなかから、頭ひとつふたつは飛びぬけているすばらしい出来だと思う。
導入の場面から本筋に引き込む手腕があまりにも不穏で謎に満ちて力強く、なんだこれどうなるんだどうなってるんだと動悸が上がるままにザクザクページを捲ってしまう。登場人物たちはしっかりと厚みや陰影があるけれど、さほどキャラに淫することはないシンプルでスピーディな語り口だ。プロットは信じられないぐらい手が込んでいるのに、折り重ねられた謎はさくさくと開封されながら読者を奥へ奥へと誘ってくれて、引き延ばしたりもったいぶったりする感覚がぜんぜんない。こんなページターナーは久々に読んだなぁ…。

しかも、両作の背景としてピックアップされた問題が、また重大かつ深刻で印象ぶかいのだ。この小説によってわたしにうちこまれた観点は、これから何年経ってもニュースや現実の生活でわたしの脳をチリッと引っ掻くだろうなぁと思う。そして、深刻であるのに、小説じたいの読みごこちは胸糞系イヤミスでないところがまた好きだ。明るくはないけれど拓けた場所に物語は着地し、読後感はぽっかりとさびしくせつなく満足感がある。
どうも最近のわたしは、以前よりえぐいものや陰惨なものへの耐性が下がっているようなのだ。どうせ読むならなにか美しいものかよいものを読みたいなーと思うことが多い。そんな個人的な欲求にもぴたりとハマる出来栄えだったことがうれしい。

作者は『相棒』シリーズなどの脚本家らしい。観たことなかったので、名前も認識してなかったごめんなさい…。シリーズは第三作目まで刊行されているようだ。置くスペースのこととか忘れて、うっかり単行本買っちゃうかもしれないな。

以下ネタバレつつ少しだけ語ります。少しだけってのは、「すごーい! おもしろーい!」しか言うことないからなんだ…。
ミステリ好きな方、面白い小説が読みたい方は、一刻も早く読むことをおすすめします!

局長からの臨時報告瓶

DQ11の感想で埋め尽くされたわがブログですが、この夏ほかにしていたこともあります。軽くまとめて8月の記憶としておこうかなーと思います。

●宮沢賢治記念館
事情と勢いとがあいまって、花巻に日帰りという暴挙をやらかしてみました。
宮沢賢治記念館は、新花巻駅からタクシーですぐのところにあります。大昔の子供の頃にも行ったことがあったはず…でも詳しくはぜんぜん覚えていません。うん十年ぶりに行ってみたら、ものすごく気合が入って美しく面白い施設になってました!
大きな展示ホールの壁面を、賢治を構成する重要な要素である「科学」「芸術」「宇宙」「宗教」「農」というパートに分割して、そのテーマにしたがった資料の複写をパネルで展示しています。中央には映像、岩石標本、遺愛のチェロやレコードや顕微鏡などの現物資料が多数。明快で見やすい分類と展示、見応えたっぷりのボリューム。じっくり観たら宮沢賢治のアウトラインがしっかり頭に入ります。教え子に宛てた最後の手紙の文章がよすぎて涙が出るかと思いました。


イーハトーブ幻想 ~ KENJIの春 [DVD]
(2002/01/25)
佐野史郎 (出演), 國府田マリ子 (出演)


宮沢賢治生誕100年を記念して作られたTVサイズのこのアニメ、映像も演出もものすごい名作なのですが…これを観ているかぎりだと、賢治先生ってかなりダメニート予備軍で、自分探し道初段ぐらいなんですよね。今回資料館をつぶさに観て、あ、ちゃんとお仕事してた…まっとうに生きてた…とわかりました。先述の手紙にも、しっかりと自分の人生を生きた人の叡知が詰まっていましたし。ごめんね先生、勝手に不名誉なレッテル貼ってた。

記念館の門前にはレストラン兼みやげもの屋があります。店名は「山猫軒」! 「どなたも ごえんりょは いりません」って書いてました。食われるかとどきどきしながら入店しましたが、ふつうに食事と買い物ができましたよw

資料館に長居していたら、近所の宮沢賢治童話村を見物するヒマがほとんどなくなってしまいました。まあ今回は下見ってことで! 花巻はいつかまたゆっくり訪れたいと思います。温泉もあるらしいし~。

●東京喰種
チケットが天から降ってきたので、映画観てきました。(→公式サイト
原作は無印しか読んだことがなく、しかもあんまりピンときてないという期待されない観客であります。なんだけど、蒼井優のリゼが最高だった…。敷居低そうなのに底知れなくてコケティッシュで、まさにリゼそのもの。こんなお姉さまになら食べられてもいいような気がしてくる! 物語のはじまりを彩る運命の女として、あっぱれな存在感だったと思います。
人がふつうの食べ物を食べるシーンの、いやらしいまでのなまなましい撮り方がすさまじかったな。なまなましいのは食べ物だけではありません。血は噴き出すし四肢はもげるし映像はわりとストレートにグログロで、とくに赫子がヌメヌメ光りながらギュインギュイン暴れるのは気持ち悪かったー! でも細胞だから、きっと実写化したらああなるよなぁ、うん。
窪田正孝もめっちゃカネキでした。純人間だったときの陰気で地味だけどどこかヘンな感じ、人間やめはじめたときの戸惑いと恐怖、現状を受け容れたときのさびしそうな気迫…じつにカネキです。
華やかな役者を揃えながらもぐっちょんぐっちょんにグロいこの映画は、いささか誰得感があるといえばある…のですが、「せっぱつまった窪田正孝が男性陣を押し倒して首筋にかぶりついて舐め上げる」というあたりにグッとくる方には好適かもしれませんw

●ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない 第一章
ジョジョ映画観てきました。(→公式サイト
それほど期待しないで行ったのですが…なんとこちらはかなりいい出来でした。観てない方が想像するよりずっと面白いものになっていたと思います。

物語の前半はアンジェロ(山田孝之)との対決、後半は京兆(岡田将生)との対決という構成になっているのですが、この二人の悪玉がめちゃくちゃ良くて! 山田孝之の演技が人間やめてるレベルなのはまあ通常営業なんですが、岡田将生がほんとにカッコよかったなぁ。ああ、京兆ってカッコいいんだ、そして強いんだ、と初めて認識しましたよ。バッドカンパニーも実写で観たらほんとに怖かった。ずらりと並んでる軍隊はどっから見てもおもちゃの兵隊さんなのに、それがマジもんの火力を備えているという悪い冗談じみた画ヅラはぞっとする恐ろしさでした。舞台となった廃屋の美術もすごかったし。
また、山崎賢人の仗助は、彼が演ずることによって「仗助って子供なんだ」という感覚がしっかり湧いたのが面白かったです。仗助というキャラは、髪型への異常なこだわりを除けば、基本的に性質穏和で頭脳明晰で機転も利く、人間力のとても高い子です。そんな落ち着いた彼は、ともすれば男子高校生にみえないときも多々あると思うのです。億泰と一緒にいるとふつうにバカですけどね。でも、山崎賢人という生身の身体が映画1本ぶん通して仗助を演ずることで、なんだかすごく高校生として・子供としてのリアリティを獲得しているような気がしました。これはなんだか新鮮な感覚です。
伊勢谷友介の承太郎さんは…うーん…存在感はありましたが、若さやカリスマ性に欠けるかなぁ。てかまず体のボリュームが縦も横も足りない気ががが。逆によかったのは仗助のお母さん。観月ありさ、超バッチリでした。東方朋子は、かわいげ・所帯臭さ・若々しさ・うるささ・めんどくささなどが、どれもすごーく微量で難しい匙加減のバランスから成っていると思います。それがかなりドンピシャな感じで、とてもしっくりきました。國村隼のじいちゃんもバッチリ。どっから見ても叩き上げの警官で、一級死亡フラグ建築士でありました。

スタンドバトルはフルCGで、幽波紋という初期の表記がぴったりするような空気感がある仕上がりでした。また、常人の目から見ると何が起きたのかさっぱりわからないという演出も的確で面白かったです。

てなわけで予想以上におおいに楽しんだ…のですが…やっぱり4部の最大の魅力である「ポップさ」という特長をほぼすべて削ぎ落としてシリアスに寄せまくっているのはもったいないなー、とは思いました。残虐非道なシリアルキラーとの手に汗握る騙し合い殺し合いを、杜王町というふしぎなご町内の内側だけにとどめて描き、モダンホラー話法を使いつつもキャラたちはなんだかとぼけていてノリも軽い。そんな奇怪なバランスのポップなまんががジョジョ4部で、わたしはそここそがとても好きだったのですが…。
物語は映画1本ぶんとしてしっかりまとまっていたけれど、たぶんこの調子だと玉美も間田も未起隆も出ないんだろうなぁ。ラストで京兆を仕留めたのがレッチリじゃなかったことを思うと、もしかしたらジョセフも透明の赤ちゃんも重ちーも出ないのかもしれぬ。
すごーくすごーくもったいないけれど…でもまあそのほうが、映画バージョンの物語としてすっきりした仕上がりになるので英断ではあるのでしょう;;

つっこみどころは多々あるんですが、やっぱりこの映画を観たのはなかなか面白い体験だったのです。劇場を出たとき、あちこちつっこみつつもなんだかきっちり満足している自分がいました。続篇が公開されたら絶対行こうと思っています。
うん、実写ジョジョ、なかなかいいぜやっぱり。原作原理主義者でない方にはおすすめです! もし映画が初めてというご新規さんがいたら、これを機に原作もぜひぜひ。


最近のまんが・アニメ・ラノベ状況についてもざっくり書きたかったのですが、長くなったのでいったん締めようかな。
つづきはまた後日。

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