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物語と音楽を偏愛しています

ジョーカー・ゲーム

昭和12年、帝国陸軍の結城中佐によって、スパイ養成部門“D機関”が秘密裏に設立された。過酷な選抜試験をクリアした本名・年齢・経歴のすべてが極秘の構成員たちは、語学、体術、通信、人心掌握術、変装、開錠、爆破、運転操縦…と、スパイに必要なあらゆる技能を身につける。
衆人の目を引かないこと・情報を確実に持ち帰ることを旨とするD機関は、「死ぬな、殺すな」という方針のもと、世界各地で暗躍する…。


仕事の作業待機の無聊に耐えかねて、ふと気になったアニメを観てみた。(→公式サイト
去年のシンゴジからの無印ゴジラ、地上波で観た「日本のいちばん長い日」、そして「この世界の片隅に」と戦中戦後ものの鑑賞がつづいたので、我が家の片隅では昭和がブームになっている。その影響もあってか、この彩度のひくーいアニメに興味が湧いたのだ。
歴史は好きだけれど近現代史にはぜんぜん手が回らないというありがちな人間だったので、この家人の昭和ブームには感謝している。日々昭和ネタを振られつづけていると、やはり何もないときよりは興味もフックも増えるものだ。こないだも大磯の旧吉田茂邸とか見学しちゃったし。

そんなわけで観てみたこのアニメ、ものすごくカッコよくて濃密で面白かった。
各話はD機関のメンバー8人にそれぞれスポットが当てられるオムニバス形式で、マルセイユ、上海、ロンドン、満鉄の車内、豪華客船の船上…と、さまざまな舞台で繰り広げられる謀略戦を描いている。Dメンは変装するわ変名するわ変幻自在に出没するので、正直一回通して観ただけでは8人の顔と名前(仮)すら一致しない。基本的には、謎めいた人物たちがローテンションで喋りまくり騙し合う会話劇だ。
それでも、「おおきな謎や課題を論理的に美しく解決する」という各話ごとのミステリ的結構がガッチリきまっているので、ストーリーの牽引力と没入しやすさのチューニングが完璧なのが気持ちいい。OPで気づいたら岸本卓によるシリーズ構成と脚本だったんだな。91Daysではお世話になりました! あなたの物語なら必ず面白いはずだ! 綿密な時代考証を感じさせつつ、ドラマティックな陰影や構図、微細な表情を大事にした作画の引力も強烈だ。

いままでスパイ物にさほど興味をもっていなかったので、先日のロジャー・ムーアの訃報のときに初めて007映画のワンシーンをいくつか目にしたのだが…あんなトンチキな作風だとは思っていなかったw 「ボンドガール」とやらいうシステムがある以上内容はたぶんゴニョゴニョ、ぐらいには思ってたんだけど。テーマ曲があんなにカッコいいから…。まあとにかく、謎ギミックやきれいなお姉ちゃんをちりばめた能天気なスパイ映画は、きっと「我が正義・彼が悪」という土台に疑いをもたなかった冷戦時代の産物だからなのだろうなぁと思ったのだ。
いっぽうジョーカー・ゲームは、門外漢のわたしがスパイ物にたいしてなんとなく抱く「知略・クール・スタイリッシュ・サスペンスフル」というようなイメージを完璧に保持していた。くわえて、「そうはいっても旧日本軍」という諦念のような感覚がよりカッコよさを増していたようにも思えた。結城中佐がどれほど頼もしくて悪魔のような切れ者でも、Dメンがどれほどタフで優秀でも、かれらは帝国陸軍という残念組織の所属であり、かれらの祖国は近未来に惨敗することはわかっている。91Daysの言い回しを借りると、「すべてはむだごと」なのだ。壮大なむだごとに全能力を尽くして身を投じる主人公たちは、目眩がするほど鮮烈にカッコよく、同じだけ痛ましい。
たった1クールだとものたりない気もするけれど、それもまた彼らが駆け抜けた時間の儚さにふさわしいのかもしれない。オムニバスの時系列がシャッフルされているのも、その感覚に添ったセンスのいい構成だったと思う。

背景美術も毎回ほれぼれするほどよかった。たぶんわたしは、日本の戦前の都市風景を眺めるのが好きなのだとこれを観て気づいた。広い空と緑の濃さと優雅な建築、いいなあ美しいなああ。
かつて実家にいたころ「白砂青松の海岸ってやつをいちど生で見てみたい」と口走ったら、父親から「北朝鮮にならある」って言われたことを思い出してしまった…w 日本にはもう存在しないんですかそうですかorz

では各話ごとにちょっとだけ雑感を。盛大にネタバレます。

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91Days Day13など



91Days Day13先行上映会に、丸の内ピカデリーへ行ってきた。ついこないだ有楽町に日参していたのにまたしてもw

内容は3本の短編のオムニバスだ。
「時の浅瀬」 前菜:えげつない世界名作劇場。
Long time ago… と始まる、ヴァネッティきょうだい&ヴァンノの子供時代の終わりかつネロがグレはじめるきっかけの日。4人が4人とも性格が完成しているのがおかしいやら胸苦しいやら。
子供のころのネロとアヴィリオはニアミスしててもぜんぜんおかしくなかったんだなぁ。
「すべての昨日」 主菜:おっさんパラダイス。
Long long time ago… と始まる、ガンゾ&テスタ+オルコにヴィンセントが初めて出会う若き日の物語。生きて動いて喋る現役バリバリのテスタは、すげーめんどくさそうな切れ者でアヴィリオそっくりだった。てか、4人が4人とも(ry
なんとなくガンゾって血縁の気がしてたんだけど、親父の兄弟分だから伯父貴なんだね。やくざだもんね。そしてどうも叔父貴ではなく伯父貴だったっぽいこともわかった。
「明日、また明日」 デザート:主役二人の物理的にダダ甘な物語。
Recently… で始まる、4.5話にあたるアヴィリオとネロの道中の一幕。アヴィリオの笑顔が大盤振る舞いされるのでびっくりした。

上映後は近藤隆(アヴィリオ役)・佐藤せつじ(チェロット役)・鏑木ひろ(監督)・岸本卓(シリーズ構成)・飯塚寿雄(プロデューサー)の各氏が登壇するトークショーがあり、没になったネタの断片も聞くことができた。
・コルテオの母・コルテオ・チェロットを軸にした、「なぜコルテオが密造酒を手がけるようになったのか」という物語
 →尺が長くなりすぎた
・4.5話として構想された、アヴィリオとネロが立ち寄った町でのトラブル解決&バディ感醸成を眼目とした物語。
 →旅の途中なので既存キャラを出せない&ゲストはイチからキャラ立てをしなければいけない
  どんなトラブルがあっても二人は絶対に(この段階で)死ぬことはないので緊迫感に欠ける
というようなわけで没になり、制作はかなり難航したようだった。でも、そうして精査を経て磨かれた物語たちはまさしく91のボーナストラックにふさわしいクオリティだったのでとても満足だ。

通して観た感想としては、「ガンゾの物語だったなぁ」という印象で、登場キャラの性格がかなり鮮烈に切り抜かれているエピソードばかりで、より本編の納得が深まるといった趣向だった。
また、ロウレスのド田舎さもよくわかった。数年前のアイランドなんてただの緑の中洲だ。これはたしかに…面倒さえおこさなければ、ガラッシアにとってロウレスなんて心底どうでもいいわ。
鑑賞前は、12話の海辺より先の時間が描かれるのかとどきどきしていたのだがそんなことはなく。逆に13話を観たことで、91は銀英伝のように「あの日あの場所あの時間」より先の物語が描かれることは、1行たりともありえないのだと確信した。円盤を買った人だけが正答をカンニングできるなんてことはなく、わたしたちはあの物語の結末をいつだって自身で考えつづけなければいけない。

わたしは前日に、上映会に備えて91を全話一気見していた。一寸先は闇の世界で撹拌される暗鬱なドラマはあいかわらず繊細な演出としずかな迫力で見ごたえの塊だったが…あらためて見ると、ストーリーは陰惨なわりに意外と笑いどころが多いな、という印象ももった。13話も同様に、ちょいちょい笑える描写が仕込まれていて何度となく噴きだしてしまった。(でも周囲の人はそれほどでもなく、全体的にお客が重かったようにも思う

あの珠玉の最終回は、アヴィリオの生存と死亡の可能性がきっちり五分五分に開かれている。五分五分ということは、どちらであっても納得いくだけの精妙な描写を積み重ねてきたということだ。
でも今回見返したら、わたしの希望込みで生存に天秤が傾いたような気がしたのでメモしておく。次に観たときはまた考えが変わっているかもしれないのだけれど。

生きてる理由なんてねえ ただ生きてるだけだ

「ファミリー」「面子」といった概念を守ることを至上命題とし、斬ったはった生きた死んだを繰り返すマフィア社会を描いてきたこの物語の最後に、ネロが口にするのがこのことばだ。これは、アヴィリオの為した復讐がむだごとであったと実感したから出たものではないだろうか。
あそこでアヴィリオを撃ち、ガラッシアの追っ手にかかってネロも死ぬのが、もっともリアリティの筋道に沿っているのはわかっている。でも、そんなリアリティはほしくないんだ。復讐というむだごとを丁寧に執拗に描いてきたのがこの物語なのに、その殺戮の輪廻にネロを戻したくはない。…とは言いつつも、むだごとと知りつつむだごとに身を投じるのがマフィアであってマフィアの申し子であるネロだというのもわかってはいるんだけれど…。

お前を殺さなかったのは お前を殺したくなかったからだ

殺すべき、という理由であらゆる相手を殺し殺させてきたアヴィリオが、唯一その当為にそむいたのがネロだ。だからわたしは、その対照性をネロにも求めたくなる。(圧倒的に殺すべきでそれ以外の正解がないにもかかわらず)殺したくないから殺さない、という選択をネロがしたっていい。てかしてほしい。二人ともどうあっても殺し合うしかない立場でありながら、どこか通じ合う、なぜかウマが合って憎みきれないという運命的な相手だったのだから。

銃声のあとに舞った砂は、死体が倒れたからではなく砂地を撃ったからだと考えたい。
パイン缶は、そこに座っていたアヴィリオの不在を強調する持物(アトリビュート)ではなく、ゴリアテの凶刃を退けた生の象徴であると考えたい。
それにしても、すべての描写がなんて完璧に両義的なんだ…。くうう、キックがすげぇー!

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LFJ2017 3日目

最終日です。終わるの早いなぁ。
今日は午後からゆるりと出かけました。

(323) 14:15~15:00 ホールB7
ゲラシメス:アスヴェンチュラス
J.S.バッハ(エグエス編):無伴奏チェロ組曲第3番 ハ長調 BWV1009からプレリュード、アルマンド、クラント
カンジェロージ:バッド・タッチ
J.S.バッハ(エグエス編):無伴奏チェロ組曲第3番 ハ長調 BWV1009からサラバンド、ブーレ、ジーグ
クセナキス:ルボンB
 シモーネ・ルビノ(マリンバ&パーカッション)


マリンバで演奏するバッハ、というところに惹かれて取ったのですが、80年代生まれの超現役作曲家の現代曲とバッハを交互に演奏するという意欲的なプログラムでした。グラスを好きになって以来、「うげぇ現代曲><」と脊髄反射で苦手意識をもつことがなくなったように思います。どんな曲かな、好きなタイプだといいな、と、興味をもって臨めるようになりました。
で、ゲラシメスとクセナキスは、いろいろなパーカッションをいろいろな奏法で鳴らしまくる技巧的な曲でなかなか楽しかったです。階段状に積み上げたウッドブロックをかき鳴らすのとか、音も見た目も面白い!
ところが、カンジェロージは想像を絶した斬新さでした。真っ暗な舞台のなか、青紫の照明で照らされた奏者はスティックを1本だけ持っています。そこに流れる録音された音。サンプリングされたいろいろな音声に混じって打楽器の音が鳴ると、奏者は叩いているニュアンスを示しながらも振付であるかのような神経のいきわたった動作でスティックを揺らし、しごき、回し、揺れ動くスティックに照明が反射してゆらゆら光るという…! これは架空の音を鳴らしているということなのでしょうか…なんだか不射の射みたいな、哲学的なまでに斬新なパフォーマンスです。なにこれすごい。音と人間の交歓を身体で見せている、これこそがLa Danseなのかもしれない。
でも、B7ホールはだだっ広い会議室の平土間に椅子を並べただけのおっそろしく見づらいホールなので、こんな珍しいものを集中して観るにはかなーりしんどいハコでした; せめてD7でやってくれればよかったのにいいい

(314) 16:30~17:15 ホールA
ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 op.61
 オリヴィエ・シャルリエ(ヴァイオリン)
 シンフォニア・ヴァルソヴィア
 ディナ・ジルベール(指揮)


ゆったり鷹揚長大な1・2楽章、リズミカルでダンサブルな3楽章をもつ美しい曲です。シャルリエはエッジの効いたシャープな美音で、全体的にすごくオーソドックスで耳に快い演奏でした。ベートーヴェンはいいなあ。
今回がとても良かったので忘れてましたが、去年のわたしはシャルリエはぜーんぜん合わなかったんですね(→記事はこちら
そのことを忘れ果てててよかったw もし敬遠していたら今年のこの体験はできませんでしたから。

それにしても、ヴァイオリン協奏曲ってものは独特だなぁといつも思います。だって、ヴァイオリンこそはオケの要でメインの構成要素です。それらを従えて、すぐ傍にコンマスが座っている状態で、彼らと真っ向渡り合いながら演奏するソリストってどんな気分なのかなーと。なんとなく、礼儀正しい面の皮の厚さが必要なんじゃないかなーと。ほかの協奏曲についてはあまりそんなことは思わないのですが。
シャルリエはじつにさりげなくソリストとして君臨し、ヴァルソヴィアと優雅に掛けあい絡みあいながら音楽を創りあげていました。ほんとにまっすぐで綺麗な演奏だったな。

次の公演までの空いた時間に、地下のステージでノルカルTOKYOというユニットのノルウェー民族音楽を聴きました。共鳴弦のついたフィドルや、音孔のないふしぎな笛や、口琴のデュオなど、面白い音でいっぱいでめちゃくちゃ楽しかったです。ゲストで加わっていたダンサーのウルフ=アルネ・ヨハネッセンによる踊りもまたすばらしく、その特徴的な身体の使い方を眺めていたら、『ヴィンランド・サガ』の身体描写がすごく正しかったことがなんとなく感得されてしまいました。なるほどそうゆうことだったのかー。

(356) 19:15~20:00 ホールD7 “タンゴ:アストル・ピアソラへのオマージュ”
ピアソラ:「トロイロ組曲」から バンドネオン
ピアソラ:天使のミロンガ
ピアソラ:リベルタンゴ
ピアソラ:ソレダッド(孤独)
ピアソラ:五重奏のためのコンチェルト
 クシシュトフ・メイシンゲル(ギター)
 ポーランド室内管弦楽団


すごかった…カッコよかった…!
なんでこうピアソラって異常にカッコいいのでしょうか。1フレーズごとに見栄を切っているような、全方位に神経が行き届いたカッコよさなのですが、その見栄が一度たりともすべらないのは稀有というほかありません。
演奏は第1ヴァイオリン5、第2ヴァイオリン4、ヴィオラ3、チェロ2、コントラバス1の総勢15名による小編成室内楽団が、ギターのソリストを囲むかたちでなされました。アンサンブルの精度とステージ上の集中がハンパないです。
ただ、ギタリストは各曲をブリッジしながら弾きつづけていて、結果全曲通しの演奏になったのですが…ピアソラのようなピリピリした曲を1回も中入りなしで聴くのはかなり疲れました; 拍手禁令を出してもぜんぜんかまわないので、すこしだけでもインターバルがほしいよう。
アンコールに、ディアンスという作曲家の「タンゴ・アン・スカイ」という曲を演奏してくれました。カッコいい曲ってたくさんあるもんだなぁ…。

(316) 21:30~22:40 ホールA
ベネッティ:ロック&ドラム
サン=サーンス:オペラ「サムソンとデリラ」から バッカナール
サン=サーンス:序奏とロンド・カプリチオーソ op.28
ハチャトゥリアン:「仮面舞踏会」から ワルツ
ハチャトゥリアン」剣の舞
リスト:死の舞踏
ブラームス:ハンガリー舞曲 第1番・第3番・第17番・第5番
 ヴァルソヴィア・パーカッション・アンサンブル
 ネルソン・ゲルナー(ピアノ)
 テディ・パパヴラミ(ヴァイオリン)
 シンフォニア・ヴァルソヴィア
 廖國敏[リオ・クォクマン](指揮)


お祭りの最後を飾る、華やかにして盛りだくさんなガラコンサート! これでほんとにおしまいです。
どの曲もすべて特徴的なリズムとスーパーハイテンションな曲想をもつ、じつに締めくくりにふさわしい番組でした。
最初にパーカッション隊が「ロック&ドラム」をドコドコダカダカ奏でます。昨日聴いた和太鼓を思い起こすような、去年聴いたブルンジの太鼓を思い起こすような。じつにリズムのご馳走でした。
彼らはその後しれっとオケの最後尾に戻って、またいろいろな音色とリズムですべての音楽に不可欠な華を添えてくれました。今年いちばんの功労者たちに拍手! ほんとに今回はパーカッション天国だったな。
バッカナールは過剰なまでに異教的で退廃的で、じつにエロけしからん音楽です。ものすごく意図的なエキゾティシズム。発表時に憤死した聖職者がいてもおかしくないな。
序奏とロンド・カプリチオーソはとても好きな曲で、これを聴けるのを楽しみにしていました。パパヴラミは繊細精確な演奏で、このガラのなかでいちばん理知的な一曲になっていた気がします。
ハチャトゥリアン、リスト、ブラームスは「音だけでどれだけ盛り上がれるか限界に挑戦」といった趣きで、これらを続けて聴ける体験じたい空前絶後かもしれません。豪勢だったなぁ。

この血管切れそうなラインナップを指揮した廖國敏は若くてシュッとした指揮者で、どれだけ振っても汗ひとつかかず、貴公子然とした涼やかな挙措です。ヴァルソヴィアもそれに十全に応え、華麗でパワフルで破綻のないすばらしい演奏を聴かせてくれました。まさに熱狂の日!


今回は舞曲の祭典ということでしたが、振り返ってみるとわたしにとってのLa Danseは、パーカッションあるいはピアソラに収斂していたように思います。
でも、客席で聴いていて思わず身体が揺れることはあっても躍りだす人はいないし、ピアソラはカッコいいタンゴの曲だけれども聴いていて脳裏にタンゴを思い浮かべるわけではありません。わたしたちの周囲に舞曲はあふれているのに、その音楽経験は踊りそのものとはだいぶ切り離されているんだなぁということが逆説的に実感された気もしています。
そんなLFJ2017のなかで、わたしの身体や踊り心を最も刺激した、「いちばんダンスだった」演目はなにかなーと考えてみると…たぶん伊福部昭の「日本組曲」ではなかったかと思いました!
今年LFJに行った方で、自分にとって「いちばんダンスだった」曲はこれだ!というものがあれば、教えていただけるとうれしいです。

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LFJ2017 2日目

お祭りの2日目です。昨日はめちゃくちゃ行きまくったけど、今日はちょっと控えめです。

(251) 10:00~10:45 ホールD7
ベートーヴェン:12のメヌエット WoO.7
ベートーヴェン:ピアノソナタ第11番 変ロ長調 op.22
 アブデル・ラーマン・エル=バシャ(ピアノ)


まずはLFJのミスター・ベートーヴェンを今年も聴きますよ。今回はかなり初期の作品です。初期のベートーヴェンはモーツァルトっぽくてかなりかわいい感じで、プレイヤーによってはなんぼでもかわいくできるのですが…そこはさすがのエルバシャ、「そうはいってもベートーヴェン」といったニュアンスのほうを強く感じました。かわいげのある女王陛下、といった趣きです。でもふだんはほとんど上体を動かさないで腕と指だけを閃かせているのに、今日はわりと体を揺らして歌っていたし、表情もやわらかかったです。
メヌエットは全曲通して弾いたので、ちょっと印象がダマになっています。もう少しだけインターバルがあったら最高だったー。
ピアノソナタは、あいかわらず完璧にすてきでした。完璧な美音と抑揚と節制…ああ耳が眩む。

世界中のピアニストを聴いたこともないのに、わたしは勝手に彼を当代最高のベートーヴェン弾きだと信じています。いまベートーヴェンの霊を召喚して、あなたの曲を誰に弾いてほしい?と訊いたら、きっとエルバシャを指すんじゃないかなーとまで妄想できるぐらい。ベートーヴェンのピアノ曲に興味が湧いたら、ぜひ彼の演奏をどうぞ。

(223) 13:45~14:30 ホールB7 “ファンダンゴ・バロック”
騎士――ネグリートス
バイレ・デル・チモ――バイレ・デ・エスパーダス(剣の踊り)――ハラベ
クンベエス――シェリート・リンド 他
 テンベンベ(メキシコ民俗音楽)


「歌と踊りと民族楽器による魂のステージ」「ダンサブルなファンダンゴ・バロック」とめっちゃ威勢のいいアオリに惹かれて聴いてみたのですが、予想されるほどイケイケでもアゲアゲでもありませんでした。もっと繊細だし、もっと鄙びた雰囲気です。チーフタンズのスペイン音楽コラボアルバムの「サンティアーゴ」が思い起こされるような。
客電を落とした静かなホールじゃなくて戸外の日向で聴きたいような、おっとりしたいい感じの音楽でした。

(215) 19:00~19:45 ホールA
グラス:2つのティンパニとオーケストラのための幻想的協奏曲
石井眞木:モノプリズム(日本太鼓群とオーケストラのための)
 林英哲(和太鼓)
 ピョートル・コストゼワ(ティンパニ)
 ピョートル・ドマンスキ(ティンパニ)
 英哲風雲の会(和太鼓ユニット)
 シンフォニア・ヴァルソヴィア
 井上道義(指揮)


2日目の最後は東西太鼓対決。
グラスのティンパニ協奏曲は聴きなじんでいたので、ライブで聴けるのをものすごく楽しみにしていました。でも、ティンパニ2セットがドコドコリズムを刻みまくるこの曲は、もちろん超パワフルですっごい音圧なのですが…シンフォニア・ヴァルソヴィアは繊細な表現が得意な品のいいオケです。さて大丈夫かなー?と、少し心配もしていました。
ところが聴いてみたら、グラスのメロディアスな部分や微細な表現をすごく的確流麗に演奏していて、予想以上にすてきだったのです。CDでは聴こえなかった音がいろいろ聴こえて面白かった! ヴァルソヴィアはいい仕事するなー! ティンパニはもちろん、他のパーカッション隊もすばらしいパフォーマンスでした。
ちなみに、昨日の伊福部昭のときもそうでしたが、井上道義は指揮台つかわない派のようです。理由は、たぶん確実に転げ落ちるからw

この曲は3楽章の頭にカデンツァ(ソリストの即興パート)が入ります。ティンパニのカデンツァ、鬼カッコよかった…! 大回転しながら7台の太鼓を打ち鳴らすド迫力。あと、超ピアニッシモからクレッシェンドしつつトレモロで鼓面の外周を12時から6時まで片手ずつ半円を描いていくと…なんだか音が浮かぶというかうねるというか、摩訶不思議な浮遊感をもって響くのにはぞくぞくしました。うわーうわー。ティンパニのテクニックとか、あまりちゃんと見るチャンスがないから楽しいなあ!

いっぽうモノプリズムは初めて聴く曲だったのですが…和太鼓とオケの食い合わせがあまりよくなかったように感じました。太鼓じたいは血湧き肉躍るリズムと音圧なのに、オケはなんだか幽霊映画のBGMみたいな恐ろしげで弱々しい不協和音。なんかもったいないってか、これ和太鼓だけでもよくね?みたいな。

てなわけで、音楽として聴いたときの快さや完成度から、東西対決は西軍に軍配を上げたいと思いました。
今年もグラスをライブで聴けてよかった…!

明日は早くも最終日です。終わっちゃうのさびしいな。

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LFJ2017 1日目

今年もやって参りました、ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン
年に一度のゴキゲンな音楽祭です。今年のテーマは「La Danse ラ・ダンス 舞曲の祭典」。古今東西の踊りの音楽が、3日間にわたって国際フォーラムを満たします。さあたくさん聴くぞおおおお

ではわたしが観た公演の感想をバリバリ書いていきます。

(151) 10:00~10:45 ホールD7
夏田昌和:草原のよろめき太鼓
ドビュッシー:月の光
ヤコブTV:The Body of your Dreams
ピアソラ:リベルタンゴ、オブリビオン
ジョン・ササス:マトルズ・ダンス
 安江佐和子(打楽器)
 稲垣聡(ピアノ)
 北村典子(ダンス)


まず最初は打楽器とダンスのコラボから。じっさいにダンスも観られる公演はそれほど多くないみたいなので、まずはこれを取ってみました。
ところが…北村典子のダンスは見事ではあったのですが、踊っていたのは楽器と同じ舞台(ってかホールの床)だったので、なんというか、楽器と演奏家の存在感に負けていた感がありました。グランドピアノやマリンバの間にわけいったときの身体的説得力に欠けるというか…。結果、せっかくのダンスはあまり音楽体験に寄与しない、なくもがななものになってしまっていたように思います。「踊りのフィールド」を区切る結界としてのテープなりテーブルなりあれば、また印象は違ったかもしれません。惜しいな。

ササスの曲はピアノとトムトムのタイマンでした。これがすごかった!
執拗な繰り返しをもつややこしい曲を、二人ともそれぞれ楽譜を睨みながらガツガツ演奏していく様子は、なんだか1枚の海図をたよりに必死に荒海を渡るボートの左右のオールのようでした。ところが、音楽が終盤になだれこんでいくにつれてどんどんテンションとシンクロ率があがってゆき、二人とも楽譜など見ないでドンピシャに合ったパフォーマンスになっていったのです。最終的にはひとつの生き物に4本の手があってピアノとトムトムを奏でているみたいになってました。
なんだか、テレパシーを成立させる実験を目にしたような心もちです。音楽も演奏も、じつにライブの醍醐味でした。

あと、マリンバの演奏時はマレットを片手に2本ずつV字にもってガンガン和音を叩いていたのですが、うち3本でトレモロを刻みながら1本でアクセントを叩く…という挙動を目にした気がします@@; いみがわからないよ!

(122) 11:45~12:30 ホールB7
ブラームス:「2つのモテット op.74」から第1番「何ゆえ悩む者に光が与えられたのか」
ブラームス:愛の歌 op.52
ブラームス:運命の歌 op.54
 ローザンヌ声楽アンサンブル
 ダニエル・ロイス(指揮)


去年すっかりファンになったローザンヌ声楽アンサンブルを今年も聴きます。なんたって大好きなブラームスだし! …といってもブラームスの歌曲はさっぱりノータッチなんですが、まあそれはそれ。
伴奏が連弾だったのが面白く、じつにブラームスっぽくて幸せです。
この合唱団のパフォーマンスは、あいかわらず上手くてフリーダムで知的で野生的でした。各人の個性を殺さず歌っているのに、ぜんたいは合唱曲としてしっかりとまとまっている奇跡のバランスと強度と洗練。わたしは彼らの歌い方がつくづく大好きなのですが、もしかしたら嫌いな人もいるのかもなーとも思ったり。
愛の歌の第14曲がとくにすてきだったな。

(143) 13:45~14:30 ホールC
伊福部昭:日本組曲から 盆踊、演伶(ながし)、佞武多(ねぶた)
伊福部昭:オーケストラとマリンバのためのラウダ・コンチェルタータ
 安倍圭子(マリンバ)
 新日本フィルハーモニー交響楽団
 井上道義(指揮)


去年ゴジラの曲を改めて聴いてみて、じつは伊福部昭ってとんでもなく偉大なんじゃないかと思ったのです。だって、それまで人の意識に存在しなかった巨大怪獣というイメージに輪郭を与え、その神威と恐怖を音だけで表現し、しかもその曲は60年経ってもカッコいいんですよ!?
というわけで伊福部昭の曲をちゃんと聴いてみよう!と選んでみたこの公演。めっちゃくちゃ楽しかったです。
日本組曲は、盆踊りや阿波踊り的なリズムとメロディをものすごく重厚荘重に展開した曲です。フルオーケストラ、つまり西洋の楽器を西洋の奏法で鳴らしているのに、信じられないほど泥臭くて古様なズンドコズンドコした曲でした。目の前で演奏されるのを観ていたのに、あまりオケを聴いた気がしないくらい。これもまた、音だけで土着の日本を表現しているのか…面白いなあ。ゴジラといい日本組曲といい、彼はたぶん「音だけでなにがしかを表現する」というシンプルな秘術、作曲の真髄を知っているのでしょう。
LFJはフランスのナントが本場なのですが、向こうでこの曲が演奏されたとしたら、みんなどんな反応をしたのかぜひ知りたいものです。春の祭典よりは聴きやすいと思うのは、メロディが立っているからなのか、わたしが日本人だからなのか…。
指揮の井上道義も大暴れしてて、見てて楽しかったです。腕をブン回し、頭を振りたて、両手を頭上でひらひらさせ、地団駄を踏み…とシャーマンのような迫力でした。なんとなく、この曲を聴いていて観客がしたくなるような動きを代行してもらった感があって、わりとカタルシスです。

マリンバのほうもド迫力でした。この曲は安倍圭子が伊福部昭に頼んで書いてもらったそうで、つまり今日の奏者がオリジナル奏者です。御年80歳だって!
2mはゆうにある巨大なマリンバを反復横跳びしながら鳴らしまくってました。すげい!

(154) 15:30~16:15 ホールD7
ドヴォルザーク:ピアノ三重奏曲第4番 ホ短調 op.90「ドゥムキー」
ブラームス(モファット編):ハンガリー舞曲第1番 ト短調
ブラームス(リース編):ハンガリー舞曲第6番 変ニ長調
 トリオ・エリオス(ピアノ三重奏)


若くて美男美女ぞろいのトリオによる渋い曲。彼らの演奏がとてもよくて、ドゥムキーってこんなに陰影に富んだすてきな曲だったんだなーとあらためて実感しました。とくにピアノの粒だったかわいい弾き方と深い音色は、とても好みでした。また、チェロというポジションが作曲者に圧倒的に贔屓されているのがわかって面白かったです。主役はチェロ、サポートがピアノ、ヴァイオリンは添えるだけ…という変わったバランスの曲です。またライブで聴きたい曲だなぁ。
で、ドゥムキーはすっごくよかったのに、終演後に脳内でリフレインするのはハンガリー舞曲だという。この曲強すぎるよ。

(145) 17:45~18:30 ホールC
ピアソラ:「ブエノスアイレスの四季」から ブエノスアイレスの秋、ブエノスアイレスの春
ピアソラ:オブリビオン
ハチャトゥリアン:剣の舞
J.S.バッハ:ヴァイオリンとオーボエのための協奏曲 BWV1060
ヴィヴァルディ:「四季」から 冬、夏
 リシャール・ガリアーノ六重奏団(アコーディオンと弦楽)


本日の白眉。超カッコいい曲を超カッコいい演奏で! 水際だったカッコよさ。洗練されまくった、水も漏らさぬカッコよさ。なんかもうカッコいい…!しか言うことありません。くどいね。知ってる。
ガリアーノの神速絶技のアコーディオンもすごいし、それに完璧に合わせる弦楽のアンサンブルもすごい。編曲のバランスもバッチリ。剣の舞が箸休めにすぎないという構成からも、そのテンションとテクニックを推して知るべしって感じですよ。みんなすばらしかったけど、とくに第1ヴァイオリンがMVPだと思います。
終演後はCホールに熱狂的な拍手が爆発しました。たぶんだけど、メンバーたちにとっても予想以上のパフォーマンスになったんじゃないかなぁ。
で、うれしいことにアンコールがありました。ガリアーノの「マルゴーのワルツ」です。うううかぁっこいい………。もっともっと聴いていたかった…。

(136) 19:15~20:00 ホールB5 “ラテンの楽園Ⅰ”
カラーチェ:タランテラ op.18
モンティ:チャールダーシュ
バルトーク:ルーマニア民俗舞曲
マルチェッリ:幻想的ワルツ
ピアソラ:「タンゴの歴史」から 酒場1900、ナイトクラブ1960
カラーチェ:マズルカ op.141
カラーチェ:ボレロ op.26
ムニエル:スペイン風奇想曲
 ジュリアン・マルティノー・トリオ(マンドリン、ギター、コントラバスによる三重奏)


初日の最後はマンドリンです。爪弾く系の弦楽器大好き! この編成の三重奏ならきっとすてきだろうなーと思って取ったのですが…じっさいすてきだったのですが…直前のガリアーノが鮮烈すぎて、いささか印象が劣る感は否めなかったのがもったいない。マンドリンの音がものすごく立つのですが、ギターがめっさ控えめなのでちょっとバランスが悪くて。編曲の仕方も、もう少し練れるような気もしました。
とはいうものの、なかなか閑雅でかわいくおしゃれな聴きごこちではありました。爪弾く系いいね。
彼らもアンコールをしてくれました。ニーノ・ロータのゴッドファーザー組曲です。ありがとう!


という感じで初日が終わりました。LFJたのしいいいい!
もうほんと、GWはほかにどこにも行きたくない。ここがいい。

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