東京漂流瓶集配局

物語と音楽を偏愛しています

没後40年 幻の画家 不染鉄

夢殿夢殿 昭和40年代 54.0*68.0cm 絹本着色・額装 個人蔵

展覧会に行ってきました。(→公式サイト

昭和にハマり中の連れのために東京ステーションギャラリーに行くことが主眼だったので、この初めて聞く名前のふしぎな画家に興味があったわけではないのですが、実際に観てみるとものすごくユニークで魅惑的な画風でした。自分が知らないだけで、世の中にはすごい表現者がたっくさんいるものです。
同じことは、ラジオを聴いているときにも感じたことがあります。「デンマークのロマン派の作曲家、ニルス・ゲーゼの…」という紹介ですごくすてきな曲(ヴァイオリン協奏曲)が流れたのです。…はじめまして。そのとき、わたしが聞き知っているのは、ロマン派の音楽という巨大なピラミッドのてっぺんあたりの数人にすぎないんだろうなぁということが直感されたのでした。しかもあとで調べたら、ライプツィヒ音楽院でメンデルスゾーンの後任をつとめたり、グリーグを教えたりもした人だったし。めっちゃメインストリームじゃん。ほんとに世の中知らないことばっかりだー。

さて盛大に話が逸れました。
名前からしてなんともふしぎな不染鉄(ふせん・てつ 1891-1976)は、「自分が知らないだけで超メインストリーム」ということでもなく、美術界の中心から周縁までを漂っていた、ほんとに異色の画家だったようです。

僧侶の子として東京に生まれたけれど僧職に就く気はなく、中学卒業後は昔から好きだった絵の道に進むことにしました。岡倉天心の知遇を得て、東京美術学校や日本美術院で絵を学びます。
当時、洋行できない画家たちの間では、伊豆大島の南国らしい景物を描くことが流行っていたそうです。1914(大正3)年、不染もその流行にしたがって妻を伴って大島に渡りました。ところが…彼はそのまま大島に3年も滞在して、たまに式根島にも足を延ばしつつ漁師をしながら絵を描く暮らしを送るのです。Σ 漁師って!
島暮らしの間に描いた絵が美術研精会で受賞したのを機に、1918(大正7)年に不染は京都に移り住み、京都市立絵画専門学校へ入学します。京都生活はそれから12年にも及び、その間に絵巻や中国絵画の模写に励んで経験値をたっぷり積みました。
1927(昭和2)年ごろ京都から奈良へ移り住んだ不染は、そのあと大磯・横浜・東京と転々としながら絵を描きつづけていきますが、だんだん美術界への統制が強まるようになった戦前のころからは画壇と距離をおくようになりました。仏道にルーツをもち共産主義にシンパシーもあった不染は、従軍画家になることは拒否したそうですが…戦中をどうやって乗り切ったのでしょうか@@;
敗戦後の1946(昭和21)年には、奈良の正強中学校の理事長・校長に就任します。軍務経験者の前校長が公職追放された代理だったそうで、後任となった不染は芸術教育に注力しますが、学制改革の混乱や前校長の復帰によって1952(昭和27)年には退職することになるのでした。教育者として不完全燃焼だったためか1956(昭和31)年には日本社会党に入党して政治家をめざしますが、ほどなく糟糠の妻を亡くした不染は、1962(昭和37)年にはほとんど奈良に隠棲するようになります。陋屋には近所の奈良女子大の学生たちがしばしば訪れ、自由人である不染と学生運動の時代に不安を抱える若い友人たちは、お互いに刺激しあい勇気づけあう実りおおい関係を築いたそうです。
そして1976(昭和51)年、大腸癌のため85歳で亡くなり、遺志によって献体されました。

以上はカタログ所載の論文(松川綾子「幻の画家 不染鉄」)を要約したものなのですが…なんかわけわからんですよね。わたしがまず思ったのは、「校長時代以外、どうやって食ってたのかサッパリわからん!」ということでしたw 絵を売ったり展覧会で賞金をもらったり、プロの画家だったってことなんでしょうか。でもデビュー前とか学生時代とかは…??
先日、同時代人のアナキスト伊藤野枝(1895-1923)のはっちゃけた評伝『村に火をつけ、白痴になれ』を読んでじつに面白かったのですが…なんつーか、定職がなくても定住してなくても、意思と人徳があれば人って意外と食えてけるみたいですね。
また、この本や展覧会によって、極左的思想は一個人とその周辺というごく親密な生活圏のなかでは実効的に生きうるものなのかもなーと感じたりもしました。

では印象に残った作品をいくつか。

雪景山水雪景山水 昭和10(1935)年頃 200.0*86.0cm 絹本墨画着色・軸装 個人蔵
斜めの線を折り重ねる構図やタイトルはすっごくスタンダードな水墨画なのですが、画面からは圧倒的な写生感とド迫力が感じられて面白かったです。ああ、この景色にぐっときたんだな、これを描きたかったんだな、と。
この画にかぎらず、不染鉄の作品には頻出するモチーフや表現がたっぷりあって、どれもこれも「そこが大事なんです!」(←森薫の名言より)という感覚がヒシヒシ伝わってくるのが楽しいです。解説パネルでは「無垢」というワードで画家を評していた箇所があったのですが、わたしはむしろ「描きたい」「写したい」という欲望の強さを感じました。

薬師寺東塔之図薬師寺東塔之図 昭和40年代頃 122.0*84.8cm 紙本墨画着色金彩・額装 個人蔵
真横から見た塔と俯瞰で見た背景をあっさり組み合わせた奈良の景色。背景は細密なのにふわっと絵本調で、バリバリにシャープでソリッドな塔の描写と異化効果がすごいです。それなのに、なぜか画面はまとまってみえてしまうのがじつにふしぎ。なんなんだろうこの絵@@

山海図山海図 大正末期~昭和初期頃 40.9*51.4cm 絹本着色・軸装 星野画廊蔵
不染は生涯を通じて富士山を何度も描きました。伊豆や大磯に住んでいたこともあり、実見にもとづく富士の描写は伝統的な富嶽図とは一線を画しています。宝永山を描いている作例もあったり。先の東塔図と同じく、メインとなる富士はど真ん中真正面に描かれ、麓の景色は俯瞰でおおきなひろがりをもたせながらも細密に描かれます。
そういった視点の混淆による画面構成もさることながら、わたしは富士山の「ど真ん中っぷり」に強く心ひかれました。赤富士や神奈川沖浪裏のような、浮世絵的なデザイン感覚からはけっして出てこないこの構図。きっとこれは御本尊的な何かなのだと思います。東塔と同じく、神聖なものは画面中央に正面から描くのですね。聖なるものは真ん中に! そこが大事なんです!

孤帆孤帆 昭和30(1955)年頃 129.7*37.9cm 紙本墨画・軸装 星野画廊蔵
ちょっと図版だとわかりにくいのですが…彼の一連の海の絵がすさまじかったんですよー!
筋目描き(画仙紙という滲みやすい紙に淡墨を塗り重ねると、境界が白く浮き出す性質を用いた技法。伊藤若冲が得意としていた)でびっしりと描かれた波のさまがあまりにもリアルで執拗で、眺めているだけで溺れそうな気がするほどです。観た瞬間に記憶が無印ゴジラの海の映像に直結し、これはモノクロフィルムでとらえた画像を、墨で紙に写し取ったものだと確信しました。図版はかなり濃く映っていますが、現物は暗く深い海の色にじわぁっと光があたって明るさを増していくグラデーションがものすごかったです。細やかにしてリアル、それでいてピクチャレスクな無限の波頭。そこが大事なんです!
ちなみに、先述の論文によると不染鉄は海のスナップ写真を大量に所蔵していたそうですよ。ほらやっぱりーー!
わかりにくいですが、いちおう部分図も載せてみます。
孤帆部分
モノクロフィルム感、伝わるかなー?

秋(塀)秋(塀) 昭和40年代 33.0*78.0cm 紙本着色金彩・額装 個人蔵
見たことがなくても既視感にあふれたなつかしい風景です。とてもしずかなのになぜか人なつこい佇まいの絵で、この路を歩いていけそうな・歩いていたような気がしました。
このころの不染はつぶつぶとした光が散乱しあたりを埋めつくすさまにとらわれていたようで、きらめく銀杏の樹やすずなりの柿の木など、つぶだった光の絵ばかり描いています。そこが大事なんです!

また、茅葺の屋根のこんもりした形も、彼が終生こだわって大切にしていたモチーフでした。民家や灯火など、人の気配を感じる絵が多いのに、じっさいに人間を描き込むことは少ないのも特徴です。なんだかそんなスタイルをみていると、わたしは不染鉄が神様のような雰囲気に思えてきました。人間は好きだけど眺めてれば満足で交わらなくてもいい、とか。あるいは、気づいたら何代も過ぎてて人の世は忙しないわい、とか。定点カメラの映像を早送りすると、動くものは見えなくなって建築物だけ明確に映るようなイメージです。

そんな人間好きのシャイな神様の見た風景のような絵のなかで、唯一暗鬱で異彩を放っていたのが「廃船」という作品なのですが…
これはカタログの図版がノドにかかっているため、また現物の迫力がすごいため、あえて掲載しません。気になった方はどうか実見する機会がありますように…!

展覧会は8/27(日)まで東京ステーションギャラリーで開催されています。お近くの方はぜひ。
また、前回は目にしていても印象にありませんでしたが、2階の回廊には東京駅近辺の模型が3時代ぶん3種類展示されていて、レトロ東京ファンには垂涎の資料でした。面白いなぁ。

関連記事
スポンサーサイト

菜の花の彼─ナノカノカレ─(13)


菜の花の彼─ナノカノカレ─ 13 (マーガレットコミックス)
(2017/2/24)
桃森 ミヨシ (著), 鉄骨 サロ (著)
既刊13巻


菜の花、ラス前です。
表紙はポップだけど内容はどヘヴィ…。

毎回すごいすごい言ってるけれど、今巻はほんとに鷹人の後ろめたさ、焦り、戦慄、後悔、それから目の眩むような歓喜…といった感情が強烈で、あまりにもシンクロしてふりまわされた結果、読み終わったあとはむしろ心がしんとしてしまい…。なかなか感想を書くテンションになれなかった。ここまでくると、最終回を固唾をのんで待つほかにすることってあるんだろか。
何度読み返してもやっぱりその心もちは変わらないのだけれど、とりあえず今の気分だけでもなんとか言語化しておこうかな。拙い感想でも待ってくれてる方もいるかもしれないし!

ではでは、ネタバレつつ語ります。

関連記事

スタミュ

スタミュ二期がすばらしい大団円を迎えた。(→公式サイト:第一期第二期
わたしは一期から視聴していたが、二期は一期よりかなり洗練されていて面白かったので、毎週わくわくしながら楽しみにしていたのだ。
まずは知らない方のために外側から書きはじめてみようかな。

一度だけダンスを目にして魅了されたあこがれの高校生を追いかけて、音楽・芸能分野の名門校である綾薙(あやなぎ)学園に入学した星谷悠太(ほしたにゆうた)。星谷は、持ち前のまっすぐでポジティブな気性と驚異のコミュニケーション能力で同学年のチームメイトたちの信頼を得て、チーム全員で力を合わせて花形学科であるミュージカル学科への入科をめざす。
というのが第一期のあらすじだ。

上でチームということばをつかったが、これにはちょっと注釈が必要だ。
綾薙学園では、ミュージカル学科3年生の成績上位者たちで構成される「華桜会(かおうかい)」という組織が生徒会のような役目を担っている。華桜会は学園全体を統括しつつ、構成メンバー各人がこれと見定めた任意の1年生5人の指導にあたることになっており、その幸運な1年生たちは「スター枠」と呼ばれるのだ。この代の華桜会は5名から成るので、5人チーム×5の25人がスター枠として一般枠の面々とミュージカル学科入科をめざして鎬を削ることになる。
ズブの素人である星谷は、華桜会のはぐれ者である奔放な天才・鳳樹(おおとりいつき)の目にとまり、チーム鳳の一員としてスター枠に選ばれる。鳳が選んだ5人はそれぞれ輝く才能と大きな問題を抱えたピーキーな人材ばかりだったが、ぎくしゃくしていたメンバーは星谷を中心として団結していき、無二の絆をはぐくんでいくのだ。

ミュージカルスターの卵たちが切磋琢磨する姿を描いたこのアニメは、チームメイトという横の絆だけでなく、指導者とチームメンバーの縦の絆にもかなりウェイトをおいた設計になっている。
二期では、この縦のつながりをさらに強調した物語が展開された。

2年生に進級した星谷たちには、鳳たち卒業生がメインキャストとなる卒業記念公演のサポートをすることが最初のカリキュラムとして呈示される。基本的には裏方としての働きを求められるが、サブキャスト5役は「2年生育成枠」として2年がキャスティングされるのだ。尊敬する元指導者と共演できるチャンスをめざして、ミュージカル学科生たちは育成枠オーディションを闘ってゆくことになる。

面白いのが、2年生たちの指導と選抜にあたる特別コーチをつとめるのは、鳳たちが1年生のときに指導を受けたかつての華桜会メンバーだというところだ。このポジションは、作品内ではアンシエントと呼ばれている。
このアンシエント=大人世代の視点があることで、教える・育てる・導くという作業の難しさと豊かさがしっかり伝わる。わちゃわちゃしてわりとおばかな学園群像劇に、「最高のステージのために各世代の各人が最高の努力で寄与する」という筋がすっと通るし、さらにアンシエントたちが担う育成枠選抜と別系統の「裏ミッション」は、物語を後半まで牽引する大きな伏線にもなっているのだ。
この裏ミッションの伏線が花開いたときは…めちゃくちゃびっくりしたと同時に、その展開に至るまでの布石を丁寧に打ってきたのがはっきり思い出されて、もんのすごいカタルシスだった…! ああ、たしかにこうなるように物語は運ばれていたんだ! たのしいいいい

「世代」のほかにも、第二期では第一期で積み残したテーマをきっちりとうまく掬っている。一期がド素人星谷の歌と踊りの技術の向上に焦点をあてていたのに比べて、二期では演技に眼目がおかれていたり。一期ではあこがれだけをエンジンに周囲の人を賦活しまくる天真爛漫に利他的な主人公であった星谷が、二期では貪欲に役を求める利己心が欠けていることに苦しんだり。

そんな新たなドラマが、一期を経て固まった人間関係の安定感に新キャラによる撹拌をくわえながら描かれている。結果として二期に登場する人数はそうとう大所帯になっているのだが、その大人数をチームや世代の枠を超えて絡ませながら順にスポットをあてていく手つきがものすごくスマートなのだ。
いままでどおり仲の良い者たち、いままでは絡まなかった者たち、新キャラと古参キャラ、新キャラどうし…などなど、あこがれや尊敬、反発や嫉妬、ライバル意識や化学反応といったさまざまな関係性をザッピングしながら見せていくのがほんとうにうまい。古参キャラたちの安定感や意外性に愛着が増し、新キャラたちがどんな性格なのかがすっと腑に落ちる。

そうした人間関係の描写がスマートなのは、ミュージカルシーンの演出が一期に比べて格段にこなれたところがかなり大きいんじゃないかと感じている。
一期でのミュージカルシーンは、ニコ動で「急に歌うよ」タグがつきまくるとおりじつに唐突だった。初登場時に急に歌うよ。ちょっと関係が深まって内面にかかわる話になったら急に歌うよ。そのうち訓練されて慣れちゃうけどw
くわえて、ミュージカルを作品世界の現実と意図的に混淆させていたのがよけいに笑える効果をあげていた。たとえば登校時に昇降口前で歌い踊ったり。PVラストのキメポーズがリアルの平服でのキメポーズにスライドして、そのまま会話がはじまったり。
そのすっとんきょうさは慣れるとクセになる味もあるけれど、慣れるまでのハードルをガン上げしてもいたと思うのだ。このアニメ面白いよ!と勧めても、一期の第一話を観て継続視聴するかどうかは好みが分かれるところだろう(ぜひぜひ完走してほしいけども!

いっぽう、二期でのミュージカルシーンは、リアルとは完全に切り離した明確なイメージ映像として処理されていた。上述のとおり人間関係の機微の多様さがみどころなので、デュエット以上の重唱が増えたこともある。キャラどうしの対話で心が通じたとき・問題が解決したときなどの感情のピークの部分にPVが嵌め込まれる方針が貫かれていて、そこで描かれた世界・そこで歌われた歌詞がキャラたちの心情そのものなのだとハートでわかるようになっていた。
二期で歌の演出がリアルのほうまで滲出してきたのは、物語オーラスのたった一度だけ。そして、その一度がとんでもなく効果的で、演出も歌も胸をうつすばらしい仕上がりだった。思わず泣きそうになったぐらいだ。

大勢の魅力的な男子キャラの見せ方と捌き方、トンチキさ、真摯さ、ストレートで気持ちの良い物語。一期で培ったすべてのリソースを絞りぬいてさらに完成度と満足度をあげた、すばらしい二期だったと思う。
まだこのアニメを知らない方は、少年たちが熱くみっともなくカッコよくぶつかりまくりがんばりまくる物語を、どうか一期から通して観てほしい。笑って泣いて、二期ラストの「あの歌」にどうかたどり着いて胸を震わせてみてほしい。

以下ネタバレつつ語り…たいところだけど、ちょっと息切れしたので途中で公開しちゃいます。つづきは後日!

関連記事

茶の湯

6/1に、終了間際の「茶の湯」展を観に東京国立博物館へ行ってきた。(→公式サイト
先に行った人から、「茶の湯のすべてがわかっちゃうから見とくべき!」と熱烈推薦されていたのだ。

やっと時間ができたので行ってみたら…ちょっとあまりにも混みすぎていて、落ち着いて観るどころではなかったのが正直なところだ。
基本的にすべての展示物の前は人だかりで、ケースに近づくのも難しい。しょうがないのでパネルの解説をガッと読んで、現物を瞼でシャッターを何枚か切る程度に実見して、というアリバイづくり程度の鑑賞で駆け抜けた。

でも、そんなふうにざっくり観ただけだったけど、やっぱり面白かったのだ。
内容はというと、1980年の「茶の美術」展以来、37年ぶりの茶の湯の通史!とブチ上げるだけあって、ほんとに茶の流れを一望できる大規模な展覧会だった。展示はこんなふうに章立てられている。
 第一章 足利将軍の茶湯―唐物荘厳と唐物数寄
 第二章 侘茶の誕生―心にかなうもの
 第三章 侘茶の大成―千利休とその時代
 第四章 古典復興―小堀遠州と松平不昧の茶
 第五章 新たな創造―近代数寄者の眼

順に観ていくと、やっぱり「利休で終わらない!」というのがまず新鮮に感じた。
上記の五章は、それぞれ単体でも展覧会が開催できるようなでっかいテーマだ。それらすべてを通して観られる巨視的な体験は、ほんとうに初めてでありがたかった。いっぽうで、あまりにもでっかい展示だったので咀嚼しきれなかったのも事実だ。いまだにうまく言語化できていない。

でも、内容を振り返りつつ思ったことなどをなんとかまとめてみたい。

唐物とは、室町時代に南宋から輸入された美術品・工芸品の総称だ。いままでは「将軍様/キンキラ/唐物」→「町衆/渋い/和物」といった感じで唐物数寄から侘茶に転換する流れをざっくりとらえていたんだけど、今回観てみたらじつはそれほど単純な話じゃないのかもしれない、と思えた。

というのも、東山御物(ひがしやまごもつ:足利将軍のコレクションの総称)じたいが、すでにしてかなりクールでとんがったセレクションなのだ。豊潤で繊細な水墨画や彩色花鳥画、凍りつきながらもとろけるような美しさの青磁、暗色の釉の底に無限の変化を封じ込めた天目など、唐物の数々は断じてキンキラに華やかではないし、輸入物ならなんでもいいというわけでもない。
また、東山御物の掛軸は東山表装と通称される特徴的な表具で飾られている。これは金襴などの豪奢な織物を使っているのだが、その色は基本的に金茶(はなだ:スカイブルー)で統一されているのだ。なんてクールでオシャレな…! そして、中国から輸入された長い画巻を切って(!)掛軸に仕立てたりもしている。

将軍の周囲には同朋衆(どうぼうしゅう)という文化・芸能専任の側近がいて、唐物の選定や保守に携わっていた。現代に伝わる唐物は、彼らの超きびしい審美眼=唐物数寄にかなったセレクションというわけだ。同朋衆の能阿弥(のうあみ)は、将軍家が所持していた唐物を評価し格付けしたリストおよび茶会での飾り方のスタイルをまとめた『君台観左右帳記』(くんだいかんそうちょうき)という書物を書き残している。

幕府が衰えると、台頭してきた町衆も連歌・能・茶・花・香などをたしなみきわめるようになってくる。担い手が変わると環境も変わる。広壮な会所での茶会は狭い茶室で行われるようになり、唐物偏重だったのが和物も用いるようになり、茶の湯のスタイルは大きく変わっていった。そして、禅僧の珠光(じゅこう/しゅこう:最近は村田珠光って言わなくなったんだね。覚えとこ)が、日用雑器から目にかなうものを選び出して茶に用いる「見立て」を始め、侘茶が始まった。
ここで大事なのは、侘数寄はべつに唐物を否定したわけではないということだ。新感覚をもった茶人たちは唐物を叩き割るようなことはせず、それはそれで大切に賞翫した。和物と唐物を取り合わせることもした。てことは…唐物というアイテムを否定したのではなく、唐物数寄というコンセプトを否定したのでもなく、会所のしつらいという満艦飾のスタイルに対するカウンターが侘数寄ってことなんじゃないかなぁ。
変転する茶の湯の歴史とは、先人に対峙するキュレーション対決のようなものだったのだろう。茶において良いものを良いと評価する切り口の違い方である以上、それはつねにアンチではなく新たなオプションというかたちをとって現れる。

見立てという感覚をもたらした侘茶を、さらにおしすすめたのが千利休だ。利休は好みにかなった器を選び出すだけでなく、新たに作らせるということもした。利休の高弟である古田織部はさらにさらにパンクで、ひしゃげたもの・ひびが入ったものまでも愛し、彼の美意識に添った織部ごのみの茶器がいろいろと作られたりもした。(ちなみに『へうげもの』は未読

…と、このへんになると、なんだかもう手に負えなくなってくる。
とりあえず陶磁にしぼって考えてみても、
 中国で技術の粋を尽くして焼かれたもの。
 朝鮮で日用に量産された粗いもの。
 もう生産していないけれど、日本人が欲しがるから中国各地からかき集めたもの。
 もう生産していないけれど、日本人が欲しがるから中国で昔ふうに復刻して焼いてみたもの。
 日本で日用に量産された粗いもの。
 日本で有名茶人のオーダーにしたがって作ったもの。
 日本で有名茶人の好みに合わせて作ってみたもの。
などなど、作られた環境も目的もてんでバラバラな茶碗たちが一堂に会しているのだ。それらに共通するのは、「茶に用いられたこと」「ある人物がとくに気に入って愛用したこと」という2点だけだ。

つまり…この会場に並んでいるのはかくれもないお宝ばかりなんだけど、原料・技術・デザイン・製作意図がこうまで広範なものをいっぺんに観ると、「そのお宝の価値とはほぼプレミアそのものに等しい」という事実に、ちょっと胸やけするような気分にもなったりするのだ。
キュレーションの精華である茶道具はとにかく来歴が大事で、誰それごのみの品を誰が所持しどのように手元まで届いたかが、そのまま価値となる。道具が納めてある箱に、所有者の名前と花押が増えていくことそのものが道具の価値だ。
いっぽうで、数百年にわたって茶人たちが賞翫してきた道具には、美と魅力は「必ず宿っている」。時間や戦乱という試練をくぐって、道具たちがいまここに存在していることがその証拠だ。それがわからないのは、自分の趣味ではない場合か、自分の見る目がない場合のどちらかなのだろう…。
我ながらすごくグネグネモヤモヤした文章だと思うけれど、すごく簡単に言うと、お宝たちを前にして「ハァ、利休センセーが良いっていえば、ゴミ茶碗も今日から値千金になるんですかねぇッ!?」みたいな、16世紀末の無粋なバーチャル町人が脳内でわめくのに自分がうまく反論できない…ってことなのだ。

それはたぶん、わたしが茶をたしなんだことがないから、それもあってまだ見る目を養えていないから、だろう。

ここに並んでいるものは芸術品でありながら実用品で、きっとその真価は手にとって茶を点てて口をつけてみないとわからない。どんなに綺麗でも口当たりの悪い茶碗とかイヤだもんね。それは茶碗だけでなく、「自分の手癖で持ったときにジャストな分量を掬える茶杓」「見た目的にはちょっと微妙でも異様にお湯がおいしく湧くから結果として俺的エースになった釜」なんかも先人たちの趣味には含まれているのだと思う。
そんなふうな個々の五感で総合的に評価されてきた実用品を、ただ視覚だけで感じるしかないこと、自分に茶の素養がないから想像をめぐらす材料が足りなくて限界があること、そのへんがわたしをモヤモヤさせるのだ。バーチャル町人の正体はきっと、己の不明に逆ギレしているわたしだ。うーんモヤモヤ!

もちろん美しいものすばらしいものはたくさんあって、サッパリ良さがわからなかったとかそうゆうことではない。
この展覧会に行く少し前に、「目の前にたくさんの志野茶碗があるとして、そのなかから卯花墻(うのはながき:志野の名碗、国宝)を最上と選び出すことは我々に可能だろうか?」という問いかけをされたことがあったので、それがかなり残っていたのだと思う。
この展覧会で観たこと考えたことをもとにすると、「先人へのリスペクトをもって、彼らの美意識を己に憑依させる意思と修練のもとでならば可能」と答えられる気がする…。

さてさて。利休と織部の後も茶の湯はつづくし、展覧会もつづく。
この次に来るのは江戸時代の茶人、江戸初期を代表する小堀遠州(こぼりえんしゅう)と後期を代表する松平不昧(まつだいらふまい)だ。
遠州は王朝文化を取り入れた「きれいさび」という美意識を提唱した…のだけれど…この茶の湯展の通史のなかに置くと「チャラいなぁ…」という感想をもってしまった。「きれいさび」というコンセプトはわかるし彼の選んだ器にもいいものはあるんだけど、そのバックボーンに王朝文化を引用しちゃったのが、微妙に安易な感じだなーと。道具に古歌から引用した銘がついていたりすると、なんだかイタいというか、「茶の湯に王朝関係ねぇよ!」とつっこみたい気分になってしまうのだ。遠州は織部の弟子だったというが、だーいぶ先生のこと苦手だったんじゃなかろうかw

などと思ってたら、カタログに収録された熊倉功夫の「江戸時代の茶の湯」という文章によって印象ががらっと変わった。遠州は王朝・東山・桃山・南蛮文化まで取り入れたリミックスの達人だった…というのだ。

遠州の茶会に更紗や金唐草が登場するかと思えば、サゴヤシの粥やブドウ酒がふるまわれるという異国趣味が溢れていた。しかも、こうした種々の文化を自由に取り入れながら「奇麗」という美意識で調和させるところに遠州の茶が「奇麗数寄」「奇麗寂び」と呼ばれる理由があろう。

…なにそれカッコいいじゃん! うわあ、遠州のことめっちゃ見くびってた恥ずかしい。王朝は茶と関係ないなんて当たり前だ。同じように南蛮だって関係ない。いろんなものの文脈をぶったぎって己の美意識だけを頼りに再配置&混淆するなんて、なんてモダンなんだ。
なーんて、小論ひとつで掌返しちゃうのも、わたしに見る目がない証だよなーと思う。でも現在のわたしには、遠州のコーナーからそれを読み取ることはできなかったのだ。茶の展覧会、ハードル高いぜ。

時代は下って、出雲の殿様・松平不昧にスポットが当てられる。藩政改革で出雲藩の財政を立て直した不昧は、茶道具の収集と研究にのめりこんだらしい。みずから集めまくったすばらしいコレクションにくわえて、当時いろんな家に伝来していた道具も含めた当時の一大名物カタログ『古今名物類聚』(ここんめいぶつるいじゅう)全18巻を出版した。面白いのがその編集方針だ。時代は博物学的感性が全世界を覆ったころ。不昧が見たことがなくて図版も手に入らなかったものは、スペックだけ表記しておいて図版コーナーを空白にしているそうなのだ。ワーオ科学的ー!

幕末から明治にかけて、名家や寺社から大量の道具が流出した。そんなとき、財力と鑑識眼をそなえた新興の実業家たちがガンガン名品を蒐集し、それぞれがコレクションを作り上げる。今回取り上げられたのは以下の5大茶人。
 藤田香雪:藤田財閥創始者、コレクションは藤田美術館に
 益田鈍翁:三井物産設立
 平瀬露香:第三十二銀行頭取
 原三渓:富岡製糸場を経営した大生糸商、古建築を集めた三渓園を開く
 畠山即翁:荏原製作所創立者、コレクションは畠山記念館に
みなさん仕事も趣味も全力投球かつ一級品でおられる…。わたしたちが古今の名品を今でも見られるのは彼らの力が大きい。ありがたやありがたや。

…というわけで、茶の湯展をひととおり観た。
つくづく思い知ったのは、茶の湯という文化現象の広さでかさ深さだ。茶の湯じたいが亭主が客をもてなすというコミュニケーション様態であるし、そんな茶の湯を愛する人々の無数のグループ、さまざまな茶道具を製作する職工集団、それらの系譜…と、とにかく関係者の数がべらぼうに多い。
たとえばモナリザを前にしたとき、わたしが考えるのはレオナルド・注文主・モデル・フィレンツェとフランスのだいたいの雰囲気…ぐらいだと思うのだが、茶道具を前にしたときに考えるべきことは、それとはマジでケタが違う感じなのだ。(もちろん多けりゃ/少なけりゃ偉いというわけではないよ
「文化史を茶の湯という角度で切ってみると断面はこんな模様になっている」ぐらいの勢いで、でーっかい展覧会だったなぁ…。大樹とは聞いていたけど、世界樹レベルだとはわかってなかった、みたいな。

今回初めて観た品のなかでいちばんすてきだったのは、仁清の色絵鱗波文茶碗かな。あんず色の胎土に青と金の鱗、全体に流しかけたブルーグリーンの釉、すべてのバランスが絶妙だった。鮮烈なのにおっとり古雅で、優美なのにポップ。仁清はいいなあ。
図版は以下を参照のこと。
 →兵庫おでかけプラス「京焼の祖、野々村仁清の世界 神戸で企画展」(2016年12月15日)
いつもだったら印象に残った作品の図版をいくつか使って感想を書くんだけど、今回は力尽きたので省略…。どんな見た目の品が出ていたのか気になる方は、どうか公式サイトを参照してほしい。


茶の湯展を駆け抜けただけでヘロヘロだったんだけど、せっかく東博まで来たし!と、がんばって本館の常設展もざくっと一周してみた。
光琳の風神雷神がぺろっと出ていて、ほとんど人がいなかったのでゆったり一人占めして観ることができた。贅沢! 今回特別展のほうでギチギチの人だかりだった馬蝗絆(ばこうはん)も、以前東洋館にぺろっと出ていたのをゆっくり観たことがある。やっぱり常設展はチェックしとかなきゃだなぁ。
あと、福岡一文字吉房(号 岡田切)という国宝の太刀が出ていて、派手な刃文がとてもカッコよかった。源頼政が鵺退治のご褒美に貰った獅子王という太刀は、まっくろな拵えがシックで強そうだ。由来が派手すぎる@@; わたしは刀剣乱舞プレイヤーではないけれど、今までガラガラだった刀剣・武具の部屋にたくさん人がいるのはいいことだなーと思う。都内在住の審神者のみなさんは、東博の年パス買ってもいいんじゃないかなあ。
アイヌの部屋にはいろんなイナウやアクセサリがあって、それも面白かった。イナウとは、1本の木の棒をこまかくこまかく削ってひらひらの飾りにして垂らす木幣だ。アイヌの神々はそういった細かい仕事ができないので、人間がイナウみたいな手のかかった工芸品を捧げるととても喜ぶらしい。…たしかに、神様の仕事って雨降らせたり火山噴火させたり、ぜんたいでっかい作業な気がする! 神様への祈りを込めて丁寧に時間をかけて削られたイナウを眺めていると、「相手をもてなす・心をくばる」ってそんなようなことなんだろうなーと、茶の湯のことが連想されてしまった。
観終わったら腰が砕けそうで足がもげそうになったけれど、すっごく満足した。東博はいいぞ。

関連記事

ジョーカー・ゲーム

昭和12年、帝国陸軍の結城中佐によって、スパイ養成部門“D機関”が秘密裏に設立された。過酷な選抜試験をクリアした本名・年齢・経歴のすべてが極秘の構成員たちは、語学、体術、通信、人心掌握術、変装、開錠、爆破、運転操縦…と、スパイに必要なあらゆる技能を身につける。
衆人の目を引かないこと・情報を確実に持ち帰ることを旨とするD機関は、「死ぬな、殺すな」という方針のもと、世界各地で暗躍する…。


ふと気になったアニメを観てみた。(→公式サイト
去年のシンゴジからの無印ゴジラ、地上波で観た「日本のいちばん長い日」、そして「この世界の片隅に」と戦中戦後ものの鑑賞がつづいたので、我が家の片隅では昭和がブームになっている。その影響もあってか、この彩度のひくーいアニメに興味が湧いたのだ。
歴史は好きだけれど近現代史にはぜんぜん手が回らないというありがちな人間だったので、この家人の昭和ブームには感謝している。日々昭和ネタを振られつづけていると、やはり何もないときよりは興味もフックも増えるものだ。こないだも大磯の旧吉田茂邸とか見学しちゃったし。

そんなわけで観てみたこのアニメ、ものすごくカッコよくて濃密で面白かった。
各話はD機関のメンバー8人にそれぞれスポットが当てられるオムニバス形式で、マルセイユ、上海、ロンドン、満鉄の車内、豪華客船の船上…と、さまざまな舞台で繰り広げられる謀略戦を描いている。Dメンは変装するわ変名するわ変幻自在に出没するので、正直一回通して観ただけでは8人の顔と名前(仮)すら一致しない。基本的には、謎めいた人物たちがローテンションで喋りまくり騙し合う会話劇だ。
それでも、「おおきな謎や課題を論理的に美しく解決する」という各話ごとのミステリ的結構がガッチリきまっているので、ストーリーの牽引力と没入しやすさのチューニングが完璧なのが気持ちいい。OPで気づいたら岸本卓によるシリーズ構成と脚本だったんだな。91Daysではお世話になりました! あなたの物語なら必ず面白いはずだ! 綿密な時代考証を感じさせつつ、ドラマティックな陰影や構図、微細な表情を大事にした作画の引力も強烈だ。

いままでスパイ物にさほど興味をもっていなかったので、先日のロジャー・ムーアの訃報のときに初めて007映画のワンシーンをいくつか目にしたのだが…あんなトンチキな作風だとは思っていなかったw 「ボンドガール」とやらいうシステムがある以上内容はたぶんゴニョゴニョ、ぐらいには思ってたんだけど。テーマ曲があんなにカッコいいから…。まあとにかく、謎ギミックやきれいなお姉ちゃんをちりばめた能天気なスパイ映画は、きっと「我が正義・彼が悪」という土台に疑いをもたなかった冷戦時代の産物だからなのだろうなぁと思ったのだ。
いっぽうジョーカー・ゲームは、門外漢のわたしがスパイ物にたいしてなんとなく抱く「知略・クール・スタイリッシュ・サスペンスフル」というようなイメージを完璧に保持していた。くわえて、「そうはいっても旧日本軍」という諦念のような感覚がよりカッコよさを増していたようにも思えた。結城中佐がどれほど頼もしくて悪魔のような切れ者でも、Dメンがどれほどタフで優秀でも、かれらは帝国陸軍という残念組織の所属であり、かれらの祖国は近未来に惨敗することはわかっている。91Daysの言い回しを借りると、「すべてはむだごと」なのだ。壮大なむだごとに全能力を尽くして身を投じる主人公たちは、目眩がするほど鮮烈にカッコよく、同じだけ痛ましい。
たった1クールだとものたりない気もするけれど、それもまた彼らが駆け抜けた時間の儚さにふさわしいのかもしれない。オムニバスの時系列がシャッフルされているのも、その感覚に添ったセンスのいい構成だったと思う。

背景美術も毎回ほれぼれするほどよかった。たぶんわたしは、日本の戦前の都市風景を眺めるのが好きなのだとこれを観て気づいた。広い空と緑の濃さと優雅な建築、いいなあ美しいなああ。
かつて実家にいたころ「白砂青松の海岸ってやつをいちど生で見てみたい」と口走ったら、父親から「北朝鮮にならある」って言われたことを思い出してしまった…w 日本にはもう存在しないんですかそうですかorz

では各話ごとにちょっとだけ雑感を。盛大にネタバレます。

関連記事